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他力本願

普段、人慣れしてないからか、ふとした瞬間に、「何で、人間は、こんなにいるのだ?」と思ってしまうことがある。

 

こんだけ居れば、何とかなるだろう。任せた。と思う。

 

かすかに、こんな私で、お役に立つのでしたら…と低姿勢風な横柄な態度に出る。

 

多分、みんなが居れば、大丈夫だよ。

 

かと言って、いそいそと、この世を去る予定はなく。何となく、さほど長生きは出来ないんだろうな。と思いつつ、居所を探している。

納得

常々、私は、「自分の納得を大事にしている」

何だか分からなくても、「何だか分からないな」と納得出来れば良いのである。

無条件に「そういうもんだよ」「仕方がないよ」と言われると、しばしば、アレルギー的な反応を示す。

まぁ、散々、一人相撲して、「やれやれ、まったく、しょうがないなぁ」で落ち着くこともある。

諦めることは、明らめることだと聞いたことがある。

諦めの早い人は、私より人生経験が豊富なのだろうか?

誰か私に納得がいくように説明してくれ。

外れ値

外れ値(はずれち、英:outlier )は、統計において他の値から大きく外れた値である。 測定ミス・記録ミス等に起因する異常値とは概念的には異なるが、実用上は区別できないこともある。

この時の「外れ」は、くじの当たり外れとは違う。大多数が元の母集団に属しているのに対し、統計的に有意に、高い確率で、その集団には属さないと認められる値。とでもいうのか。

その値が集団から外れていることを、統計的に論理的に言うためには、残りが集団に属するのが前提になる。

統計的に有意な差を論じるには、ある程度の標本数の多さが必要である。

なので、昨日の私の報告には、何ら統計的な根拠はない。

集めた結果を恣意的に解釈をするのは、統計ではなく、マッサージというらしい。

日本語で「結果を揉む」と言うと、論理的な集合的議論な時もあるし、恣意的操作であることもある。

人がやることは、結果の解釈だけでなく、方法さえ無意識的・意識的に恣意的になることがある。

思いが行動に漏れる。語るに落ちる。

真実などない。確からしいことは、多分、多くの人が、かなりの確率で共有する幸せな誤解なのではないか。

 

寝入るために

大寒の日
朝、起きてから書くエントリーだろか?
と思ったりするのだけど。

私は睡眠障害を患わっている。
入眠のために睡眠導入剤も利用している。今、飲んでるのは、マイスリーサイレースジアゼパム
薬を飲んでもなかなか眠気はこない。

眠れないでいると、余計なことを考えてしまったり、時計の秒針のチクタク音や、自分の心臓の鼓動が気になって眠れなくなる。

目蓋を閉じて横になっただけでも心身を休められると聴いたが、眠れないで目を閉じて横になっているのは悶々としてしまう。

目蓋は薄い明かりが透けてしまうので、私は部屋の灯りを全て消してから寝るようにしている。しかし都会は夜も明るいので、夜目が利くようになると、窓から漏れ入る外の灯りが明るい。暗順応というやつか。

アイマスクなど利用したり、手で更に目を覆っても、脳の反応なのか、光や火花が視野に現れたりする。

と色々、気にしてても、時間は掛かるが寝付いてしまう。が3時間ほどしたら眠気はあるのに目があいてしまうのだ。

そして、目下、一番効果があるかな?と思っていることは、自分の呼吸に集中することである。

余計な考えを遮るのなら瞑想ではないが、マントラ的なものを頭の中で唱えることである。

瞑想や座禅や内観も取り入れてみるか?なかなか、数分間でも、いざやるとすると、じっと出来ないんだよね。

さてさて

Windows10の罠

大寒の日
私の実家は自営業である。世間の流れに逆らえず商品の発注はネットでやることになっている。

父は、およそ必要な操作以外のPCの操作は苦手な人である。

先日、翌日の配達分を発注しようとしていたところ、突然、PCがWindows10へのアップデートをし始めて、操作が出来なくなったという。

発注用のPCのレンタル会社に問い合わせたところ、途中で無理矢理辞めるとPCが壊れると言われたという。

しかし、発注はしなくてはならない。Windows10へのアップデートが無事に終わるのをじっと待ったところで、発注ソフトはWindows10に、まだ対応してないという。

結局、ひとしきり待った後にレンタル会社にWindows7に戻してもらって、10への自動アップデートが掛からないようにしてもらったという。

商品の発注も間に合わなくなるので、ローテクに電話で口頭で発注したという。

ありがた迷惑な自動アップデートである。何かスケジューリングされてたのであろうか?

私自身も自分のPCは、まだWindows7で動かしている。諸々のソフトが10の動作確認が取れてないからである。

仕事のPC端末も諸々のソフトやアプリの都合でWindows7である。7なPCで10のPCを設計している。もっとも私はOSやシステム部隊ではないので、古風な職人の作業の一部がIT化されてるに過ぎない。

いつか、こういう仕事もAIがやることになるのだろうか。人の勘に頼る部分もまだあるのだけど。

要るもの要らないもの

大寒の日
毎日更新が滞ってしまってます。ま、ネタをひねり出さなきゃならんは、毎日部屋の片付けで怠いし、な日々です。

今日も生きてます

なだけの更新にするのは、わざわざブログで報告しなくてもSNSでブツブツ言ってるし。

今日の昼間は上着が要らないくらい暑くなりました。

さて、私の仕事復帰はどうなることやら、相変わらず、睡眠障害抱えながらでも眠っている時が平和な私です。

余生、或いは隠遁

大寒の日
この週末、思い立って、古雑誌を纏めたりしたものだから、全身が筋肉痛な感じです。お陰様で、部屋の獣道の道幅が倍くらいになりました。終わってはいません

私はこれまで、何度か死にかかったことがあります。

ま、人が生きていることは常に死にかかってるのだと言えばそれまでですが。

一番旧い記憶は、母と銭湯に行って、女湯で溺れかけたことです。

一番最近は酒を飲みすぎて急性膵炎で入院した時でしょうか?肝臓は痛くないですが、膵臓はすごく痛いです。酒飲みの方は気をつけて。

私が生まれてすぐの3才くらいの時、つまり1973年にオイルショックというのがあって、あと25年もしたら石油が枯渇するとか、他いろんな説で1999年だか2000年だかで世界は終わるとか言ってましたから、自分の人生は30歳くらいまでだな。と思っておりましたら、

先日、46歳の誕生日を迎えてしまいました。平成の世も28年。

1995年の阪神の震災の折、初めの揺れで飛び起きたのですが、あとで明るくなってみると、寝ていた枕のところに、上の棚が降ってきてました。死に損なったようです。

身体が丈夫なのか、悪運が強いのか、なかなか死にません。というブログを書いた翌朝に冷たくなってるかもしれませんな。

仕事は好きですが、昔のように、体力というか馬力というか、気力というか根性なのかのようなものでは、どうにもならなくなってきた気がします。て、病欠でもう3ヶ月ほど出勤してませんが。

昔の偉い哲学者の方が「仕事」の最大の効能は、お金を稼ぐことよりも、自己実現よりも、暇つぶしになることなのだそうです。

そろそろ仕事以外の仕事的なもので、余生を使いたい気もします。

て、本業に取り敢えず復帰しないと、暇と生活苦で頭が余計に変になるかもしれません。馬鹿は休み休みにしなさいと。